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自宅に帰りなぜADLが下がるのか、それは社会保障制度が人の「心」を軽んじているから。 

車椅子の方で、
車椅子や、椅子から立ち上がりには介助が必要でも、
立ち上がってしまえば、平行棒の中なら歩行ができるというケースの方が意外と多い。
立ち上がりは介助が必要なのに、歩けてしまう、
連続性に欠ける不思議な状況だが、
かがやきでも、見学時やご利用開始時にこうしたケースはよく見かける。

病院でのリハビリは、
その軸足を身体機能からADLへリハビリへ変えつつあり、
それはそれで良い事だと思うが、
社会保障制度が単にコストの振り分け先を変えただけの事で、
根本的には何の解決になっていないと思う。

病気や障害によって、
自分自身や家族の人生を左右してしまうような「混乱」した分岐点に置かれた状況で、
たった数カ月で
簡単にそれを受け入れ、
気持ちを切り替え、
前に進む事が出来るほど、
人の心は単純ではないと思う。

同時に病院の立場も、
コストの削減と人材難に苦しむ中で、
患者様一人一人にじっくりと向き合えるような
ゆとりもなく、
歯がゆい思いを強いられている。

社会保障費の増大の中で
コスト管理はもちろん大切であるが、
長期的な視点で見ると、はたして適切なのかどうか・・・。


入院中は、退院し自宅での生活を望む事はとても自然な事で、
自宅に帰る事が大きなモチベーションとなる事には間違いないと思う。

しかし、現実は自宅に帰る事で、
新たに出会う、「上手く出来ない事」への不安と連続の毎日の中で、
少しずつ自分自身への失望や喪失感が現実のものとなって押し寄せる。
病院という「プロ」に囲まれた管理された安心した環境から、
自宅と言う「プロ」が身近に存在しない環境での不安感は、
退院後、時の経過と伴い
病院内でADL訓練を通じて重ねた成功体験を掻き消しながら、
やがては「心」と「身体機能」の低下に至ってゆく。

そんな過程の中に、
車椅子から「立ち上がれない」方々が存在されている。

私自身、私がデイサービスや、訪問リハビリなどの現場で
利用者様やご家族の気持ちがをどれくらい理解できているのか分からない。
ただ、利用者様や、ご家族の「漠然とした不安から逃れたい」という気持ちは
私にも痛いほどよく伝わってくる。

状況を感じ、現状を見ながら
連続性が無い、部分部分欠落してしまい機能しなくなっているADL動作を見直し、
再び一つ一つ繋ぎ合わせてゆく過程の中で、
漠然としている不安を、整理してゆく。

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